日の本が蹂躙されるのも、全て家康の所為だ。

そう言いきり憤れるほど、三成にはもう生気は残されていなかった。
それに、少くとも家康が治める天下に戦はなく、無法を働く愚か者も見ることは少なかったと思う。
風の噂で聞くには、長曾我部や真田も徳川傘下に下り、東照権現のために尽力していたらしい。
彼らが改易も取り潰しも会わずに済んで本当に良かったと思う。彼らは三成の復讐に巻き込まれただけだ。長曾我部には特に悪いことをした。謝っても済むことではない。それに謝ったところで三成はもう石田三成ではないのだから。
名こそ違うことはなかったが、字も家も変わってしまった。武家でもない農民でもない。
三成は気がつけば孤児であった。
そして物心が着く頃には、いわゆる前世の記憶というものを受け入れていた。
三成は吉継や鶴姫のように呪いなどといった方面に明るかったわけでもなく、どちらかといえば疎いといっていいだろう。かといって神仏に対する深い信仰があったわけでもない。
三成が神と崇めるのは後にも先にも豊臣秀吉ただひとりなのだから。

輪廻転生などは信じていなかった。
人は生きて死ぬ。それが全てだ。死んだものは蘇らない。
秀吉も、半兵衛も。豊臣に生きた全ても。
はじめこそ前世の記憶などというものに疑いを持ったが、記憶のおかげで三成は今日まで生きてこれた。
文字、学問、それに武芸。
平民以下の孤児が知るはずもない、手が届くはずもない知識と技。
流石に前世のものには遠く及ばないがそこらへんの野盗を打ち倒せるほどの実力も取り戻せたし生活に困ることもなかった。それに、暖かな記憶は三成の孤独に寄り添ってくれた。それが何より心強かったことだろう。

寄る辺なく、生きる目的もなく三成は徳川の時代を見つめてきた。その中で、何故自分が過去の記憶を持ち得ているのかを考えることが多くなった。
考えられることは、やはり復讐心なのだろうか。
家康が憎かった。前世はほとんどそればかりであったことだろう。とにかく家康を殺さなければ三成は何も得られず進むことも退くこともできなかった。だからこそ、三成は家康を殺さねばならなかった。主君の仇。己の敵を。豊臣の未来を奪った男を。
だが、三成は家康を討つことが出来なかった。
吉継との尽力も虚しく、逃げ切ることもできず徳川軍に捕まり生き曝しにされ、そうして首を落とされた。
今世、記憶は確かに受け継いだ。自分の首を落とす瞬間の家康の表情さえ事細かに覚えている。
だが感情まで引き継いだわけではない。三成は、既に家康に対する怒りや憎しみを失っていた。
乱世は納まり、人は穏やかに生きていた。
主君が望んだ強き国ではないが、民衆が望んだ平和な国なのだろう。
許す、とは少し違う。三成は、死してようやく家康の結果を受け入れられたのかもしれない。
ならば、自分が残した未練はなんだ。

実際は、考えずともわかっている。
と、吉継だ。
彼らはどうなっただろう。どうしているだろう。
自分の為に身を挺してくれた友。そして、妻になりたかったと言って死んだ女。
彼らは三成と同じように輪廻転生をしているだろうか。
出会えれば、彼らも記憶を有し、以前のように言葉を交わせるだろうか。
そして出来ることならば、あの時できなかったことをしてやりたい。
病の吉継に無茶をさせた後悔を、に女なとしての幸せを与えてやれなかった後悔を。
すべて打ち消してしまえるほど、今度は大切にしたい。大切にしてやりたい。

「出会えるだろうか・・・」

三成は空を仰ぐ。
きっと出会うことはないだろう。
おそらくこれは己の罰だ。
己を大切にしてくれた者たちを省みることのなかった愚かな自分への、罪だ。
自分は、彼らの願いを何一つ叶えてやることもできず、そして気づこうともしなかったのだから。
だからきっと、出会うことはないだろう。

そうして三成は今日も記憶をなぞる。
主君と、師と、無二の友と、愛した女の甘やかな記憶を、なぞる。
罪を償う術を知らぬのだから、三成は死ぬまで孤独の罰を受け入れるのだ。






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