act,6







四国の鬼、長宗我部元親といえば国主らしからぬ男であり、部下を連れては海賊行為。果ては奥州くんだりまで足を伸ばしては気ままに漫遊する男であるが、戦の渦中であろうが月に一度は必ず帰城する妙に真面目な処のある男であった。
滞った政務も理由の一つだが、本当の理由はそれではない。
四国の鬼と並んで噂高い乙姫の為である。
は遅く生まれた元親の腹違いの妹であり、三国一と称されるほどの美姫であった。
そのきってのおねだりである。

「元親兄様がいないと寂しいの」

元親の愛する海色の瞳に涙をたたえて懇願されれば頷く以外の他にない。
下手をすれば親子ほど年の差であるこの小さな末妹を、元親は目に入れても痛くないほど可愛がっていた。その溺愛ぶりは国を越えても耳に入る。その元親はの頼みを断れた試しがないのであった。
四国の鬼も、乙姫の前では角も形無しである。

「おう!戻ったぜ!」
「元親兄様!」

帰城を告げればはしたなくもぱたぱたと駆けるが元親の腰に抱きついた。その無邪気さが愛らしく、元親は戦の疲れも忘れて相好を崩す。
小さな妹の頭を撫でてやれば、は嬉しそうに目を細めて「海と太陽と兄様の匂いだわ」と笑った。

は良い子に留守番をしていましたわ!とっても良い子にしていましたの!」
「そいつはえらいな。だったらとびっきりの土産をやらなくちゃなんねぇなぁ?こいつはどうだ、京一番の店の簪だ。飾り珠が綺麗だろう?それに」
「七つ片喰!長曾我部の家紋だわ!わぁ、元親兄様ありがとう!」

細くしなやかな腕が元親の首に巻きつけられる。
猫のように擦り寄るを抱き上げ膝に抱える元親。小さく甘い香りのする末の妹は、兄の巨躯に収まるのがいつだって好きだった。

「こいつだけじゃねぇぜ?他にもたんまりお宝を用意してるからな!」
「本当!?元親兄様大好き!」

甘い甘い、金平糖のような色とりどりの可愛らしい声に、元親の頬も緩みっぱなしだ。
だがいつまでもこうしてはいられない。
は幼いとは言え年頃の姫だ。嫁に欲しいと引く手は数多。どいつもこいつも元親のご機嫌取りに下手に出ては媚びへつらう。おかげでこちらもゆっくりで熟考できるのだがいつまでも答えないわけにも行かない。
を嫁として差し出して得られる信頼と領地と同盟強化の強みは大きい。
せめてが男であれば、こんな心苦労もなかっただろうと元親は軽くため息をこぼした。

「元親兄様?疲れてるの?」

思わず心配をかけまいと、元親は大丈夫だと空元気を振るう。
しかし手塩をかけて育てた可愛い妹だ。どこの誰とも知れない馬の骨にやれるはずもなく、ああ親父殿とはこんな気持ちなのかと内心苦笑した。

よぅ、ひとつ聞いてもいいか?」
「なぁに兄様?」
「お前は、嫁に行くならどんなところがいい?暖かい所だとか、雪が見える所だとか、飯が旨い所だとか、旦那が男前だとか・・・」

元親の問いには澄んだ瞳を不思議そうに丸め、それから満面の笑みで「ないです!」と答えた。

「あ?ない?」
「はい。だってはお嫁になんかいかないもん。ずっとずーっと四国にいるの」
「馬鹿野郎、女の幸せは好いた男と一緒になるのが相場って決まってんだよ」
「えー?じゃあ元親兄様のお嫁さんがいい!」

これまた愛くるしい我侭だ。嬉しさ半分あとは複雑で元親は苦笑する。
数年すれば忘れるような子供の夢だが、はそこまで幼くはない。いっそを城から連れ出して、その目で婿を見初めさせたほうがいいかもしれない。
四国のこの城しか知らないだ。せめて好いた男の元に行かせたいというのが元親なりの親心である。

「元親兄様。、急いで大人になるからもう少し待っててね。とびっきり綺麗なお嫁さんになって、が元親兄様を幸せにしてあげますからね!
「おう、は優しいな。いい女になるぜ、お前は」

そっと髪をなでてやる。柔らかなこの銀髪に触れられるのもあと何度かと思えば、胸の水底がしくりと痛むものだ。

「うん!天下一の元親兄様のお嫁さんになるの!なれなかったら髪を剃って尼になるって決めてるの!」
「・・・うん?」

人の言葉は魂が宿るという。
あまりにも計画性の滲む先の話に、元親は容易くそれが想像できてしまった。
育て方を間違えただろうか。いくらか奔放すぎるのは自分の胸に手を当てるべきと気付いた頃には後の祭り。頭を抱える元親に、は少女らしからぬあまやかな声音で「待っててね」と囁きその頬に口付けた。





乙姫