act,4







女がいた。
また娘とも呼べる頃の女だろうか。
白く、きらびやかな薄衣に、それと同じ生地の覆面を被った娘がくるくると踊っている。
それに合わせて淡い桃色の花弁も娘の周りとひらひら舞っていた。
白く靄のかかった世界に、ああ、ここは夢の世界だと小十郎は納得する。
娘の方へ近づくが、娘はそのなめらかな手足を使って美しく舞うばかりだ。
覆面で隠された表情は見えない。
小十郎が声をかけようとすると、娘は小十郎に見えるように右手を差し出した。
そこにあるのは何かの種だ。
不思議に思っていると、女はその種を地面へ放り、またくるくると踊り始める。
すると地面からはいくつもの芽が出てきて蔓が伸び花をつけた。
菜の花、せり、ふき、明日葉にさやえんどう。
春の野菜の花たちだ。

「こいつはたまげた」

見事に育った花と実をつけた野菜や葉を見つめていると、娘がだんだんと離れていく。

「おい!」

呼び止めようにも娘は聞こえていないのか、風に揺れる花のようにふわりふわりと遠ざかってしまう。
小十郎は鉛の海の中のように重たい足を引きずり娘を追うが、距離はだんだんと広がっていく。
くるりくるりと娘の足取りは軽く、このままでは追いつけない。
小十郎は仕方なく育った野菜の蔓を引き千切り、手早く編んだ縄を投げつけた。
それは娘の足元にうまくからまり娘はその場に倒れこむ。
ようやく追いついた小十郎は、いくらか乱暴な手つきで娘の覆面を剥ぎ取った。

「・・・?」

娘は己の妻の顔をしていた。

「お呼になりましたか?」

はっと目を見開く。
小さく揺れる行灯の明かり、外はまだ暗く、日の出はまだのようだった。


「はい。一体何の夢を見ていらしたの?私の名前を呼んでいらっしゃいました」

くすくすと笑うの髪を撫で、そっと頭を抱き寄せれば胸の中にが収まる。
は小十郎の心臓の音を聞きながら、しつこく夢の内容を聞きたがった。

「花を纏って踊る女がいてな。そいつは見事な野菜を作りやがる。秘訣を聞こうと思ったのに逃げるもんだから、とっ捕まえたらお前だった」
「おかしな夢」

胸の中でが笑う。
その小刻みの揺れが愛おしかった。

「まったくだ。お前はあんなに上手に舞えやしねぇからな」
「意地悪な人」

むくれる表情は年に似合わず若々しく幼い。
普段はしっかりものの妻が時折見せるそういった仕草がたまらない。
小十郎はを抱きしめて喉を鳴らした。
子供っぽい妻の姿は二人っきりの時だけの秘めやかな癖である。

「大丈夫だ。俺が教えてやるよ」
「小十郎様は舞もできますの?てっきり笛ばかりかと」

そう皮肉を言う唇に噛み付けば、は驚いた様子だが大人しくそれに応えた。

「俺が上手に、躍らせてやるよ」
「っふ、・・・こ、じゅうろう、さま・・・」

甘く唇を噛み、抱きしめた腕で背を撫で腰を抱く。
ふるりと震える体に舌を這わせば、「いやっ」との甘い悲鳴が行灯の明かりに照らされた閨に響く。

「小十郎さまっ、あたって・・・」
「悪いな、久しぶりで抑えが効かねぇ」

長い戦が終わったあとだ。
やっとの帰館を許されて、愛しい妻を抱くのに猛らない男はいない。
夜に慣れたお互いの瞳には、熱っぽく求めあう姿が映っていた。
は気恥かしそうに笑い、小十郎の肩口に唇を当てる。

「きちんと教えてくださいませ。小十郎様好みに、私を躍らせてくださいね」

その可愛らしい妻のお願いに、小十郎は了承を示すようにを下へと組み敷いた。






佐保姫