act,11







小生はついていない。
このかたものすごくついていない。
どれくらいついてないかって言うと、全財産が入った財布を落とすくらいついていない。
まだ月末。思わぬ収入があるはずもなく明日の飯代もない。小生はついていない。本当に、どん底だ。

「あの・・・」
「ん?小生は今ものすごく落ち込んでるんだか」
「これ、落とされましたよね?」

声がする方向へ振り替えるとそれは紛うことなく小生の財布だった。

「おおお!!まさしく小生の財布!!お前さん。まさか幸運の女神か!!」

女神と言う程女は成熟していなかったが、清楚で華奢な様は天使の様だった。

「黒田官兵衛さまですよね?」
「? 何故小生の名を?あ、免許証か」
「いえ、私、神様の手違いで幸福エネルギーをお持ちにならない黒田さまの為に天界より派遣されました」
「はい・・・?」
「どうぞとお呼びください」

小生の幸運の女神の様な天使の顔をしたはただの電波なのだろうか。
にこりと笑うを財布の手前邪険に出来ず、とうとう付き返すことも出来ずに家まで上げてしまった。

「ええと、帰らなくてもいいのか?」
「はい、私の使命は黒田さまに幸福エネルギーをお渡しすることですので」
「はぁ・・・」
「これを」

は部屋に上がりその場に座るとなぜか来ていた羽織をするしと脱ぎ始める。
露わになった方に思わずなにをするんじゃ!と止めようとしたら、そこには白鳥の様な白い羽がの背から広がった。
しかし小生は白鳥を見たことがない。だはその翼が白鳥なんかよりもずっと上等で美しいことだけはわかった。
は自分の羽根を丸めると、そこから一つ羽をむしる。
ぷつん、と指先にたおられた羽根を差し出しながら、はにっこりと笑った。

「黒田さまに幸福を」

が小生の前に現れてから今までの不幸が嘘の様に幸福に恵まれ始めた。
外を歩けば小銭を拾い、買い物をすればおまけがついてくる。仕事も順風満帆で昇給したし、額は大きくないが宝くじも当たった。
毎日小出しに続く幸福はなかなかいいものだな。

「ははは!は誠小生の幸運の女神だな!」

の羽根は幸運の度に姿を消した。はその都度その都度小生に羽根を渡す。
このままいけば億万長者も夢じゃないぞ。
小生はしっかりとの体を抱きしめ離すまいと思った。

「ん・・・?お前さん、少し痩せたんじゃないか?」
「いえ、そんな」
「顔色も悪い気がするぞ?」
「全然、そんな」

手を振り首を振り否定する様はどう見ても怪しい。
それにの手やはり細くなっている気がする。

「小生の目はごまかせんぞ?」

と言っても前髪で隠れてる分目なんて見えないかもしれないが、出来るだけぎらりとした目でにらんで見せる。
は観念したようにうなだれ、それからそっと羽根を広げた。
小生は思わず言葉を失う。
のつややかで柔らかそうだった羽は、今は見るも無残に痛んでいた。
不揃いに生えた羽根はボロボロで痛ましい。

「どうして」
「仕方がないんです。こうするしか黒田さまに幸福エネルギーをお渡しすることが出来ないんです」

寂しそうに目を伏せたの意味がわからず小生はの細くなった方を力任せに掴んだ。

「何故じゃ!何故自分をもっと大切にしない!」
「だって!」
「小生はこんな幸福はいらん!小生の所為でがこんな目に会うのなら不幸でも構わん!!}

そう叫んだ瞬間。の目はまるく大きく見開かれ、そこから美しい滴を溢れさせた。
泣かせたいわけではなかったのに。慌てる小生を余所には静かな声で小生に問いかけた。

「どうして?」

小生と同じ言葉を呟くと、はそのまま顔を覆ってしまった。

「黒田さまこそ、もっとご自愛ください・・・どうしてまた同じことを言うんですか!?」

さめざめと涙するの言葉の意味はわからないが、はどうやっても小生と幸せにしたいということだろう。

「あー・・・そのだな。別に小生は無理して幸福なんぞにならなくてもいいんだ。いや、幸福じゃない方がいいってわけでもないんだが。そうだな・・・今が笑ってくれたら、小生はそれなりに幸せだぞ?」

しゃくりあげるはゆっくりと顔を持ちあげて、泣き笑いの表情でそっと目尻をにじませた。

「黒田さまは、この前も、その前も、そのまたずっと前も・・・私にそうおっしゃいました」
「?」
「そんなあなただから、私はあなたに幸福になって欲しいんです」

はゆっくり笑う。
あどけない少女の様に、慈愛に満ちた聖母の様に。
眩しくて温かい。優しく美しい笑みに、胸の底が熱くなった。

ああ、こんな幸福も悪くない。






君と100年繰り返す