act,10 彼女の翼を撫でる時、彼は必ず包帯を外した。 無二の親友にさえ素肌を触れさせることのなかった彼だが、彼女にだけは直に触れる。 彼女が、そう望むからだ。 「きもちいい」 「ヒヒ、さよか」 の眠たげな声に大谷はくつくつと笑った。 細い手足を放り出し、胸から上半身を大谷の膝に預けるは時折ふるりと翼を震わせる。 肩胛骨から飛び出す白い二対の翼。 の尻の辺りまである羽は随分大きい。 大谷はの羽一枚一枚の汚れを拭き取るように羽をなぜる。 骨を筋を、自分の触れられない箇所を触れられる心地はたまらない。 はすっかり蕩けて大谷の膝に全力を預けるのだ。 そのうち猫のように喉を鳴らしそうなほどの、恍惚とした笑み。 「ぬしは三成よりも軽いな」 「もっと重いですよ、わたし、たくさん食べますから」 ふふ、とが笑うと羽がまた震える。 指先を包むようにして広がる羽の柔らかさよ。 その心地よさに大谷もまたつられるように笑った。 白い翼に挟まれた、武骨に固まった黒ずんだ指。 醜美と現す陰影のかなしさは、あまりにも率直に二人の違いを浮き彫りにした。 「わたし、大谷様のこと大好きです。手が暖かいし、気持ちいい」 「やれ、嬉しや。我ものことを好いておる。我ら両想いよなぁ。メデタキな」 「ふふ、両想いですねぇ」 声音は酷く甘く柔らかい。 石田軍の者が聞けば正気を疑うだろう。 大谷はに優しかった。 三成とは違う風に接し、甘やかし、愛でるのだ。 大谷は望まれぬともの翼を翼触った。 病に蝕まれた指で触れ、膿がつけば拭ってやるが、それでも日がな何度も翼に触れた。 「ああ、早くぬしが飛べぬようになればよいのになぁ」 「飛べなくなったら、偵察に行けませんよ?」 「それは困ったコマッタ」 「大谷様のうっかりさん」 彼女も病に掛かればいい。 子を成し、血を残し、共に生きることが出来ない。 ならばどうか、供にとは言わない。 ただ、同じ道を辿って死んで欲しい。 大谷はそう願いを込め、今日もまた、暖かく優しい死を纏う指先での翼を甘く撫でるのだった。
曼珠沙華 |