act,5 「おーい!そろそろ飛べるようになったかい?」 「慶次のいじわる!」 「あいて!」 放物線を描いて投げて寄越されたのは真っ赤に熟れた柿だった。 一口かじってみる。 口の中に広がる渋味に思わず慶次は悲鳴を上げた。 「!これ渋柿だよ!」 「喰う前に気付きなさい」 ガササ、と音を立てて柿木から降りてきた少女は、容姿に似合わない山伏の様な服を着ていて、背からは一対の白い翼が生えている。 「約束に遅れるなんてひどいよ慶次」 「まつ姉ちゃんに追いかけられちゃってさ。じゃ、遅れた分を取り戻すのにさっそく練習しましょうか!」 「うん!」 は白天狗の子供だった。 身丈は十七、八だが本当はもっと年を食っているらしい。 でもどこか幼くて子供っぽい。これがあやかしと言うものなのだろうか。 現には子供の様に顔を真っ赤にしながら必死に跳ねを動かしている。 足は宙に浮くことはない。もう!と地団太を踏む姿が自分よりもずっと年上だなんてやっぱり想像がつかなかった。 二人の出会いは至極簡単だった。 が落ちて来たのだ。空から。 天狗として一人前になる前に羽根を痛めてしまったは、一族の里に帰るに帰れずこうして飛べるようになるまで人里に隠れている。 生来面倒見がいい慶次はをほおっておけず、こうして毎日の練習に付き合っているのだ。 「傷はすっかり治ってるのに、どうして飛べないんだろうなぁ?」 「私が未熟だからかな・・・」 「そんなことないって!は一生懸命頑張ってるだろう?」 四刻程羽根を動かしていたが、今日も一向に体が浮き上がる気配はない。 二人は休憩にまつ手製の小松菜の握り飯をかじりながらうんぬんと頭を捻っている所だった。 「でもね、慶次には本当に感謝してるんだよ」 「どうしたんだい急に?」 「里にも帰れなくてお腹を減らしてた所を今みたいに助けてくれたのは慶次じゃない。人間は怖い生き物だけど、慶次はいい人だわ」 「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」 慶次の笑みに釣られても笑う。 二人とも米粒を頬につけて、子供の様だった。 「それじゃあもう一回!」 「よしこい!」 慶次が大刀をぶぅんと振るう。 婆娑羅の力が風を起こし、突風の中では翼を広げる。 「大胆に繊細に!」 が強く跳ねを動かし、風と桜の花びらがあたりに舞い上がる。 気流を掴もうとの羽根が動いた瞬間、の体は一瞬浮いたものの風に足元をすくわれその場に転がってしまった。 「!」 「ああ、情けない!」 地面に大の字で寝転ぶは泣いているようで、慶次は急いで聞かの傍へと駆け寄った。 「このまま一生とべなかったらどうしよう」 「そんなこと言うなよ。大丈夫だって」 珍しく弱気のに慶次はぐっと拳を握りしめる。 その声に安心してか、は吐息交じりにそっと微笑んだ。 「慶次がいると心強い」 その笑みがひどく優しく心臓を掴む。 じわじわと体全体に広がっていく熱に、慶次は訳がわからず小首を傾げた。 「、今俺に何か術かけた?」 「ううん?どうして?」 「・・・あのさ。もしも、もしもだよ?このままずっとが飛べなくても、俺がずっと一生傍にいてやるから、さ」 途端、火がついたように赤らむの頬。 慶次も同じくらい真っ赤になって、二人揃って言葉に詰まった。 「やっぱり術かけただろう?」 そう笑う慶次にはめいっぱい叫んだ。
心臓盗られた! |