act,4







「あ、おはようございます。片倉小十郎さんですよね?私天界生命輪廻センターから派遣されたと申します。突然ですが片倉小十郎さんの寿命が本日終了されますのでお迎えに上がりました。ええと、悔いのない最後の日を過ごしてくださいね」

最近の宗教団体は不法侵入までするのか。
頭の悪そうな羽の飾りをつけた少女に小十郎は目眩を覚えた。

「おい、警察呼ばれたくなきゃとっとと出ていけ」
「呼んでも構いませんけど小十郎さん以外に私は見えませんよ?」

パタパタと小刻みに震える羽は玩具にしては随分リアルだ。
最近の宗教団体は潤っているのかも知れない。
小十郎は寝起きの頭でそれ以上考えるのをやめた。
ベッドから起き上がりキッチンで水を飲む。それからコーヒーをセットし、マグカップを取ろうと背後の棚に向かって腕を伸ばしたその時、は浮いていた。
背中の二対の羽が動き、は膝を曲げて空中ホバリングで小十郎のすぐ後ろにいたのだ。

「お前・・・一体・・・」
「えと、天界生命輪廻センターのです」

こてんと首をかしげる羽の生えた少女。
小十郎は思わずぽかんと間抜け面を晒してしまった。


一先ず小十郎は新聞に目を通しながらコーヒを飲む。日課をこなせばある程度の落ち着きが得られた。

「俺はどうして死ぬんだ?自分でいっちゃあなんだが悪い人間じゃあないぜ?」
「はぁ、その・・・死に関する因果はもっと上の部署の管轄なので私はちょっと。あの、もしかして迷惑でしたか?」
「迷惑だったら取り消してもらえるのか?」
「それはできませんけど」

コーヒーが注がれたマグを包む小さな手。伏せた瞼は長く、肌は柔らかそうで触れてみたくなる。

「死を告げられると、大半の人は取り乱したりして満足に一日を過ごせません。でも、私は必ず告げるんです。最後の一日を、ちゃんと大切にして欲しいから・・・」
「ふぅん」
「ご飯を食べたり、買い物をしたり、話に付き合ったり、側にいたり、私にできることは少ないですけど、私は少しでも安らかに皆さんをお連れしたいだけなんです。あの、小十郎はなにかお望みはありますか?私、お手伝いします!あー・・・可能な限りですが」

力強く拳を握ったにそうか、と小十郎は緩く笑って一日の計画を立てることにした。
小十郎は伊達コーポレーションの秘書兼総務だ。
仕事は多忙極まるし常人では捌けない。二つに分割して引き継ぎの書類を纏め、親兄姉の親い人間に別れの手紙を書いた。
収穫前のベランダ庭園をすべて収穫し、昼食をと共に作る。テーブルに並ぶ野菜だらけの豪華なランチ。
は美味しい美味しいと羽を動かし、久しぶりに人に手料理を振舞った小十郎は照れ臭そうに笑った。
食事のあと片付けの後はまた引き継ぎ書類を製作し、上司である政宗に今後尽くせない謝罪の手紙を書いた。
すべてが終わった頃、外はすっかり日が沈みはじめていた。
人生最後の夕日は胸を締め付けるほど美しい。
最後の晩餐はが準備してくれていたようだ。
一流レストランのような我が家のリビングに小十郎は驚きながら礼を言う。

「最後の日に、お出掛けをされないかたは珍しいですね」
「そうか?俺は毎日納得できるように生きてるつもりだし、今から政宗様達に会っちまうと、まともでいられなくなっちまいそうだからな・・・」

気まずそうに口をつぐむに小十郎は苦笑を溢し、肉にナイフを入れる。ミディアムレアの焼き具合は絶妙で、味も小十郎好みだった。
は、何から何まで小十郎の好みを知り尽くしているようだった。
それが、なりの最後の日への手向けなのかもしれないと小十郎は肉と一緒にそんな考えを飲み込んだ。

食事の最後、ワインを開けほろ酔いの心地で小十郎は自分の死因や最後の一瞬を考える。まったく予想がつかないが、今隣にがいる。それが死を匂わせる。しかし、好みの女の側で死ぬのも悪くはない。
は、何から何まで小十郎の好みだった。

「キスしていいか」

テーブルの向かい側から腕を伸ばす。柔らかい頬。は目を伏せて首を降った。

「私たちのキスは魂を消滅させます。輪廻を許されない重犯罪者のみにキスは執行されるので。小十郎さんはちゃんと輪廻が決まっているから、ダメです」
「そうか」

しかし、小十郎はから手が離せなかった。
視線も、心も、引き付けられる。

「こ、小十郎、さん」


小十郎は天使も悪魔も信じていなかった。神道の家の生まれだが見えないものにはすがらなかった。
小十郎は形あるものだけを信じた。
は触れることができる。
小十郎は、心地よく酔っていた。

「小十郎さ、」

片手で顎を捉え、もう片手で逃げられないように手首を掴む。
触れた唇はワインが染みて芳醇な味がした。
泣き出しそうなの制止の声を聞いたが、小十郎は噛みつくように何度もテーブル越しにに口付ける。
食器やグラスが床に落ちて割れる、そんな陶器やガラスの悲鳴をを聞きながら小十郎は角度を変えての唇を貪った。
今まで飲んだどんな酒よりも小十郎を酔わせる。
堪らない。
舌を這わせ、絡め、熱い息が触れ合う。
どちらかの唾液がテーブルクロスに染みを作り、赤くなったの表情に小十郎は更に激しく責め立てた。
息が出来なくなるようなキスに、漏れる吐息と声にならない音。

このまま窒息死も悪くない。小十郎は甘い果実を貪りながら貪欲に笑ってを掻き抱いた。






ロマネ・コンティに



唆されて