act,3







帰宅するといつものようにちゃんが寝ていた。
我が物顔で人のベットを占領するちゃんの自由さ。まぁ可愛い彼女だから許しちゃうわけで。
俺はちゃんの寝息を聞きながら長くなった前髪を分けた。
細い肩がびくりと震えてちゃんの眉が苦しそうに寄せられる。
顔を除き込めば、心なしか青い。

ちゃん?」

呼び掛けながら背中を擦るとちゃんは目を閉じたまま痛い、と呟いた。

ちゃん、ちゃん、どうしたの?」
「痛い、佐助、やめて、痛い、痛い」

肩を揺すればちゃんの泣きだしそうな声が静かにこぼれる。
手を離すと布団が盛り上がっている。打ち身でもあるのだろうか。俺は心配になって布団を剥ぐ。
するとちゃんのシャツははち切れんばかりに盛り上がってい、何かが勢い良く蠢いていた。

「なんだっ・・・!?」

断りを入れる余裕もなく俺はちゃんのシャツを破る。
淡い色のシャツが破られた瞬間、白い羽毛が舞い上がった。

「わっ!?えっ!?ちゃん!!」

白い羽はどんどんちゃんの背中から生え続ける。カメラの早送りみたいにそれは異常なスピードだった。

ちゃん!ちゃん!」

俺は悲鳴みたいな声でちゃんを呼ぶ。羽に埋もれるちゃんの顔色は真っ青だった。
きっとこの羽がちゃんの命を吸ってるんだ。

「今助けてやるから!!」

俺は力一杯ちゃんの背中から生える羽を引きちぎる。
千切っては捨て千切っては捨て。
それでも羽は生えることを止めない。
痛い、痛い。とうわごとの様にちゃんは蚊の鳴くよりも小さな声で泣いていた。
まるで化け物のように生え続ける羽は部屋中を満たし、俺は視界を奪っていく。その頃にはちゃんは声も出なくなっていた。

ちゃん!」

俺は必死に叫びながら、ちゃんの羽を掻き分ける。
羽が目や気管に入る。呼吸ができない。
ちゃん、ちゃん。
ピクリとも動かない彼女を呼んで、俺は彼女の胸元に腕を伸ばしながら意識は遠退いていった。








「またこの夢か」

茹だるような夏の夢にため息が出る。
服までびっしょり濡れて気持ちが悪かったが、それよりのどの乾きがつらい。
まるで本当に羽を食べたようで。俺は喉をならす咳を繰り返して冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

「どうしたの佐助、ひどい顔」
「やっぱり?またあの夢を見たんだ」
「羽の夢?」
「そう、あれなんなのかな」

はぁ、とため息をつく。
胃袋に到着した水が全身を冷やして気持ちいい。

「何かの暗示かも」
「暗示?」
「虫の知らせとか」
「ふーん・・・」

なるほどねぇと相槌をうち、ふと時計を見るとバイトの時間はすぐそこだ。

「バイト!!」
「急がなきゃ」
ちゃん起こしてよ!」
「無理言わないでよ」

ちゃんの笑う気配を感じながら適当な服に着替える。
顔だけ洗ってあとはタオルで簡単に汗を吹いた。

「じゃあちゃん行ってきます!いい子で待っててね!」
「うん、佐助いってらっしゃい」

返事を聞いて冷蔵庫を閉めた。
俺の彼女は冷蔵庫に住んでいる。
今年の夏は暑いから、彼女が腐ってしまわないか心配だ。
背中にたくさんの傷があるちゃん。
胸にある一番大きな傷が一番新しい。

可愛い可愛い俺の彼女。

俺だけが知っている、世界で一番可愛いひと。






冷たい箱庭