act,2 あーん、あーん、と響く子供の鳴き声に、はやれやれと羽ばたいた。 子供は五つそこらのようで、綺麗な赤い袴を履いている。 木の幹に座り込み、丸くなってわんわんわぁわぁと豪雨のように涙を流す子供が一人。 「こら、ここはあやかしの森だと親に教わらなかったのか?」 びくりて肩と髪の尾が跳ね子供はきょろきょろて首を巡らす。 「さすけ?」 「違う。私は、ここだここ」 枝から飛び立ち目の前に降り立てば、子供は目が零れそうな程大きく見開く。 「ここじゃあよく泣く煩い子供と悪い子はみぃんな食べられちゃう」 「そなたのすみかとはしらずっ、さわいでもうしわけござらぬ。どうかそれがしをたべないでくだされ」 「ふふふ、きちんと謝れるいい子は食べないよ」 泣きじゃくっていたくせにピタリと泣き止み謝る子供。随分躾られているようで、あやかしのでも好感が持てた。 「まぁ、しかし、私が送り返してやることは出来ないんだ。私はこの森から出られない。せめて出口まで行って一緒に迎えを待ってあげよう。ええと」 「弁丸でござる」 「そうか、弁丸。だがあやかしにそう簡単に名を教えてはいけないよ。真名を奪われると支配されてしまうからね」 弁丸ははっと口を両手で隠す。なんの意味もないその姿が可笑しかった。 人間の子供を見るのは随分久しいものだとも思った。 「私はそんな真似しないよ。弁丸はどこから来たんだい?」 「うえだのしろだ」 「ああ、あそこか」 他愛ない世間話をしようとした瞬間、突然に日が沈み夜のような闇があたりに広がる。 「困った」 ここはの居場所であったが住処ではない。 森全土に潜む腹を空かせたあやかしたちが弁丸に気づいたらしい。幼く無垢な子の肉は柔らかく穢れない。あやかしにしてみれば喉から手が出る御馳走だ。 怯える弁丸を右の翼で抱き寄せる。 柔らかい胸羽が肉に変わり、は翼の生えた女の姿になっていた。 「、か?」 「そうだよ。鳥の足では逃げられないからね。さぁ弁丸、走って」 白い着物をたくしあげ、は颯爽駆け出す。腕を引かれ引き摺られるようにして弁丸も走りだした。 背後から獣の声が響く。 は仕方なく弁丸を抱き上げ飛び立ったが、それは長く続かず高い鳥の鳴き声に弁丸は身を竦めた。 森が終わるあと少し、は弁丸を抱き締めたまま地面に転がる。上空から振り下ろされた痛みと衝撃に悲鳴が漏れた。 「!!」 『白鷺、一人で人間を食べようなんてずるいぞ』 腕の隙間から後ろを見れば、ぱっくりと割れた口許で笑う大きな狐。 赤い目が血走っており、弁丸は恐怖にの胸にすがり付く。 「食べないよ。あっちにいって」 『鷺は詐欺だから嘘をつくだろ?なぁ、半分こにしよう。頭はくれてやるから足をくれ』 「食べないし半分こもしない」 『気にくわないか?なら縦に裂こう。右と左なら大差ないだろう?』 しつこい狐をは高い威嚇の声を挙げた。それが気に入らなかったのか、狐は酷く怒ってを怒鳴り付けた。 『ならお前も一緒に食ってやる!!』 炎の塊が飛んできて、はさらに強く弁丸を抱きしめる。 「っ!火が!!」 狐火はの羽に燃え移ると、勢いをましての片羽を焼いてしまう。 は歯を食い縛り弁丸を抱きしめる。今離せば、狐は弁丸を殺して食べてしまうだろう。 燃える羽が散り両羽が黒く爛れる。 狐は今か今かと弁丸が飛び出してくるのを待ったが、いつまで経っても出てきやしない。 の髪や服を燃やし、火はごうごうと二人を包む。 火が山となり、それでも弁丸を離さないに呆れてか、狐はふらりと背を見せて森の奥に帰って行った。 「っ!っ!!」 熱い、だが何故か弁丸が燃えることはない。 は柔らかく笑いながら、弁丸の頭を撫でた。 「大丈夫、大丈夫。の血があるから弁丸は火傷しないよ。もう少しで火が消えるから」 「っでも!が!」 「大丈夫、大丈夫・・・」 の肌は黒く煤け、それから火に焼かれて赤く爛れた。吹き出した血は弁丸を濡らし、火傷を負わせることはない。 泣き喚く弁丸の目を掌で覆い、は最後まで大丈夫、と囁き続けていた。 あれから幾数年、幸村は最も憎んだ炎の婆娑羅者になった。 そんな幸村が炎と戯れ、火の鳥を型どってみては「」と名を呼んでいるのを多くが不思議がった。 彼の炎はどんな武器よりも彼に忠実だった。 紅蓮の炎は、何よりも彼の傍にあった。 火の鳥は此度も彼の戦場を焼き尽くす。
影追い人 |