act,7








「よう慶ちゃん!えらい別嬪さん連れてるねぇ!!」
「やぁだ慶ちゃんうちというもんがありながら!」
「慶次!かわいい彼女さんじゃあねぇか!」
「けいじー、ほれ、おっちゃんがしゃめーるとってやろぉか?」


一歩進むたびにあたりから声をかけられ、慶次は手をあげやぁやぁだとかありがとう!とまるで就任したての大統領のように笑顔でそれに応対していた。
その隣にまるでレディーファーストのような扱いを受けるは顔を赤くしたまま俯くしかできなかった。


「なんだいなんだい!?、せっかくのお祭りだからもっと楽しんで笑わなくちゃ!」
「笑えないよ!こんなの・・・」


慶次はもともと有名人だとわかっていた。
人当たりもよくみんなに親切で情報通。幼稚園児から老人ホームのお年寄りたちまで慶次の友達だ。街で前田慶次と知り合いではない人を探すほうが難しい。
わかっていたはずなのに、慶次の隣を歩くことがこんなにも恥ずかしいことだったとは。は自分の覚悟のたらなさと気物足りなさに顔を赤くしまたたため息を零した。


「なんでだよー?こんなに楽しいのにさ」


ちぇ、と子供のように唇を尖らせた慶次だが、結局はすぐにそんなことも忘れて男くさい集団に名前を呼ばれてそちらに言ってしまう。
よく考えてもらいたい。
今日は夏祭りでと慶次は浴衣でデートをしているのだ。デートをだ!大事なことなので二回言ったがもう一度言っておこう。デート!なのだ。
それなのに、慶次は、を置いて、知り合いたちの間に流れていってしまったのだ!
あたりは家族連れ恋人連れ友人連れ。一人ぼっちなのはだけだ。
もともと子供っぽい人だと思っていたが、ここまで無神経だったとは!
ついつい滲む涙腺だが、こんな人前で泣くのも恥ずかしい。
はごしごしと手の甲で乱暴に目元を拭った。
そのとき突然、ドン!と神社一帯に響く腹のそこに響く音。
行き交う人々が何事かと囁きあえば、今度はどんどん!とリズムを作って音が連続した。
次第に音は重なり数を増やす。笛や手拍子が波となって、の傍を駆け抜けた。
人並みに流されながらは音の元へと呼び寄せられる。
神社の一番奥の奥。
社の前に並べられた大太鼓を叩く人影に、は思わず息を呑んだ。


「慶次、」


あたりでは妙齢のおじさんたちがうれしそうに盆踊りを始め、周囲の人も和気藹々と歌い踊り立ち話に花を咲かす。
一人佇むのはだけだ。
それでも当たりに響く太鼓の音で、は奇妙な安心感を感じてとりわけ孤独を恥ずかしいとは思わなかった。
そうしている間にいくらか時間が流れたらしく、一つ目の曲目が終わったのか慶次は辺りの人たちと手を叩き合い、そっとその場を離れるようだった。慶次が担当していた大太鼓には別の誰かが叩くらしい。
しばらくしてやっと帰ってきた慶次は、両手にカキ氷や飲み物やと大量に抱えたまま、いつもの子供っぽい笑顔を浮かべての前に帰ってきた。


「酒屋の大将が一曲叩かせてくれるってさ。ほら、太鼓叩いてりゃ、みんな俺に話しかけないだろ?」
「慶次、もしかして私のために・・・?」
「さぁて?なんのことだろうね!それよりさ、から揚げに焼きそば!!ほかにもいっぱい買ってきたからさ、、笑ってくれないかい?」


ほら、と差し出されたから上げを一つ受け取る。揚げたてが熱くて思わず落としそうになれば、慶次はやれやれと笑いながらジュースが入った紙コップを差し出した。礼を言って受け取る。中身はの好物の林檎ジュースだった。


「もうみんな、俺たちのこと忘れちゃってるよ。これでもう、恥ずかしくないだろう?」


相変わらずの子供の笑みの癖に、瞳だけは何でも見透かす大人みたいで。は心のすべてを見透かされないように、慶次の胸に飛び込んで、小さく「馬鹿」と囁いた。
困ったように肩をすくめた慶次だが、林檎アメみたいに赤くなったの耳を見つけて、上機嫌になってしまう。
髪が纏められて露になったうなじに釘付けになりながらも、やっとの思いで「今日の浴衣、すっごくきれいだ」と告げたのだった。










君と響く祭囃子