act,6 「も、元就君!お待たせ」 「遅いぞ」 ちらりとよこされた冷酷の眼差しには急いでごめんなさい!と頭を下げた。それと同時に両手に抱えた荷物のビニールががさがさと音を立てる。 ベビーカステラ、焼きそば、チョコバナナ、お好み焼き、林檎アメ、イカ焼き、焼き鳥、たい焼き。ほかにもずらりと屋台に並ぶ食べ物がの両腕に守られていた。 元就はじと目でそれを見た後、やれやれと大げさに肩をすくめて顔をしかめた。 「まったく、買い物ごときにいくら時間を割くのだ」 「だ、だって」 「第一貴様も一応女だろう。そんなに買って恥ずかしいとは思わぬのか?」 鋭い切れ目の氷の眼差しにはうぅ、と両目に涙をためるがそれがこぼれるのをぐっと堪えて両手のこぶしをきつく握る。手の中のビニールがかさかさと騒音を立てた。 「だ、だって、元就君いっぱい食べるじゃん!元就君がおなか減ってるから、だから、私っ・・・」 そこらの女子よりも小柄で細身の元就だが、その実は見た目に反した大食漢で幼馴染で巨体を誇る元親の倍は食べる。何度か大食いチャレンジで賞金を獲得するほどの腕前の元就だ。 今まで元就のそばにいたはそれを熟知していたし、恋人になる前にパシリ、舎弟、都合のいい奴隷。一言で言えば元就の駒をやらされていたは駒としての配慮と恋人としての配慮の上で買い物をしたのだ。両手いっぱいに買い物をする姿は確かに周囲から奇異の目で見られて指を指されて笑われた。 赤の他人に言われることなどどおってことはない。しかし、恋人からそんな風に言われるのは、流石にきつい。 我慢していた涙がじわじわと水かさを増し、とうとう溢れてしまいそうになった時、元就がほう、と一つ相槌を打つ。 「我のためを思ってか」 「そ、う、だよ。なのに、そんな、言い方、ひどいよ」 何とか涙を耐えてもひくつく喉まではどうにもできなかった。 切れ切れになる言葉にはすぐさま元就が不快に思うだろうと思い後悔するが、存外に元就は上機嫌な様子での腕から屋台で買い占めた食べ物を奪うように受け取った。 「恥を忍んでまで我に尽くすとは、愚かな女ぞ」 こぼれた辛辣な言葉に相反する優しい笑みに、はどうしようもなく胸が高鳴るのがわかった。幼馴染として傍にいて、女として扱われたことは数える程度しかないが、たまにこうして見せる優しさが紳士的で柔らかな笑顔。やはり好きにならずにはいられないと再確認してしまう。 元就君、と呼ぼうとしただが、不意に背後に感じた影に振り返れば、知らない強面が何人か立っていた。 「よぉ兄ちゃんいけないんじゃあないかい?こんな祭りに女一人で買い物に行かすなんてなぁ」 「ほれよう見てみい!兄ぃのスーツ汚してくれちゃってまぁ!」 「おーおーこれ弁償してもらわにゃあかんなぁ」 「わ、私誰ともぶつかってません!」 思わず叫ぶがいっせいに鋭い眼光を送られてしまえばは押し黙るしかない。 元就とは種類が違う恐怖に、は身をすくませて立ち竦んだ。 「ちょっと嬢ちゃはこっちきて俺らの相手してもらおうか?」 「それで勘弁しちゃるけん」 「やっ!?」 突然の事態に顔を青くするだが、三人の不良よりも先に元就がの腕を引いて自分の背に押しやった。それが気に食わない不良たちは一斉に顔をしかめ、オウオウ!とドスを効かせた声で元就へと詰め寄る。しかし元就は相変わらずの涼しい顔で、3人を見つめては鼻でせせら笑った。 「貴様ら。言う事もやる事も半世紀以上昔の手口で見るに耐えぬわ。よくもまはぁ恥ずかしげもなくそのようなことが言えたものぞ。またっく育ちを疑うな。ああ、まぁ見た限りたいし生まれではなさそうではないからそのように阿呆なのも仕方なかろう。しかし我ならば今すぐ舌を噛み切って死んでしまいたい程に陳腐で知性の欠いた言葉だな。まるで獣の鳴き声ぞ」 「もっ、元就君!!」 まさか不良相手にいつもの冷ややかな口調で応対するとは思わずは急いで静止の意を込めて元就の名を呼んだが、時すでに遅く、額に青筋を立てた不良がわなわなと腕を震わせていた。 「元就君っ!!」 「案ずる事はない。すべては我の計算のうちよ。布陣を敷け!!」 元就の号令に合わせてどこから現れたのか、学校の制服を着た生徒たちが元就の前に現れ壁を作った。 「死なん程度に躾けておけ」 そういい颯爽と背を向けた元就は悠々との腕を引いて歩き去る。喧騒に紛れて不良たちの怒号と悲鳴が聞こえたが、あいにくには振り返るほどの勇気は備わってはいなかった。 「な、何で駒の人たちが?」 「何故?まったく愚かな女よ。貴様との時間を邪魔されたくなかったからに決まっているだろう」 「え!?」 顔を赤くしたまま飛び上がる程驚いたに向かって、元就はふふん、と馴染み深い高慢な笑みを浮かべたまま悠然との腕を引いたままその喧騒から離れ去った。 |