それでもね 上手にね
生きてみせる僕が好きだったりした
生きてみせる僕が好きだったりした
「幸昌様。独眼流伊達政宗殿がお着きです」
「うむ。今行く」
背後に控えていた忍は振り返る間にはいなくなっている。
相変わらずの忍の技にやれやれと嘆息しつつ、幸昌はさっさと清掃に着替えて伊達政宗の控える部屋に急いだ。
「お待たせして申し訳ございませぬ。某、お館様より城主を任されております、真田が当主、真田大助幸昌と申します。以後、お見知りおきを」
「・・・」
「伊達殿?」
「Sorry,・・・お前、父親に良く似てるな」
しばらくの絶句の後、政宗は複雑な顔色でそういう。
恐らく、背後に控える小十郎も、まったく同じ事を考えただろう。
だが幸昌はその言葉にぱっを表情を明るくさせ、照れたように笑った。
その笑み一つもまた幸村を髣髴とさせ、政宗はまるで生霊を見ているような薄ら寒さを感じて眉を顰める。
「はい、お館様も良くそうおっしゃっておられます。某自身、父の顔を知らずに育ったのですが、みな口を揃えて「鏡を見ればよい」と。父の良き好敵手であった伊達殿がそう仰られるのならば、やはり本当に良く似ておられるのですな」
「良き好敵手、ね。俺が憎いと思わねぇのか?まさか知らないなんてことはねぇだろ」
煽るように口角を歪めれば、一瞬目を丸くした幸昌はすぐに表情を引き締めてぴんと背筋を伸ばした。
「憎くないと言えば嘘になりましょう。しかし、時は天下の分け目でございますれば、誰が命を落としてもおかしくはなかった。父は私怨により殺されたのではございませぬ。天下平定の礎として散ったのです。伊達殿を憎むのは、お門違いと存じ上げます」
どうにも、良く教育された子供に忍が神童といった気持ちは理解できなくはなかった。
自分も息子に国主としての教育を施した。輝宗が自分にそうしたように。
だが幸昌は違う。
将と部下だけ残されて、国主ほど出ないとは言えど、人の上に立つべく教育を受けている。
瞳に宿る暗い光としたたかさに、政宗はやり辛いと内心舌を巻きつつも幸村との相違点を見つけていくらか安堵した。
「なるほどな。まぁいい、さっさと本題に入るぜ?」
「は。此度の突然の来訪は、一体どのようなご用件でございましょう?文の一つも寄越さずしてとは、些か唐突過ぎるかと」
一国の主とは言え無遠慮憂がすぎると言いたげな瞳に気付いた小十郎は、生意気な餓鬼だと小さく下を打つ。
静か過ぎる部屋に響いたその舌打ちを制しながら、政宗は視線をするどくさせて幸昌を射抜いた。
「お宅の手癖の悪い忍についてだ」
「真田の忍が、何か?」
「っ、惚けた事言ってんじゃねぇ!!政宗様の暗殺に忍を放ったことが隠せると思ってんのか!?」
「小十郎」
いきり立つ小十郎に怯むことなく、幸昌は暗殺?と首をかしげて小さく笑った。
「まさかそのようなこと、何故某が?今はお館様がお治めになる大安の世。何故わざわざそれを乱すような真似を?第一、証拠がありませぬ」
「この証拠は、気に入らねぇか?」
ぱちん、と指を鳴らせば控えていた兵が木の桶を運び込む。
半径一尺ほどのそれを、幸昌は何事かと見つめる。
政宗は瞳で開けるように指示を出し、頷いた兵がゆっくりと桶の蓋を開けた。
「三日前の晩、政宗様の命を狙って米沢上に進入した忍だ。猿飛佐助。真田忍者隊長に違いないな」
橙色の髪に整った顔立ち。頬と鼻筋に残された塗料。血は綺麗に拭き取られてあった。
少し微笑んでいるような穏やかな死に顔。
政宗は、幸昌を見ていた。
「はて、このような忍は存じ上げませぬ」
「てめぇ!!白を切ろうってのかっ!!」
猿飛佐助が真田一の忍であったことは周知の事実。
顔も姿も割れているその忍の覆しようのない事実を面と向かって嘯く幸昌に、流石の小十郎もいきり立つ。
だが再び小十郎を止めようと政宗が名を呼ぶよりも先に、小十郎は二の句を告げずに立ち尽くしていた。
「主に触れないで頂きたい。片倉小十郎殿」
「っ・・・!?」
小十郎も、政宗さえも気配も読めず、唐突に現れた人影に息を飲む。
声音の高さから恐らく女。喉元に的確に向けられた小刀に反応できなかったことに小十郎は愕然とした。
「、止めぬか」
「・・・すみません」
「片倉殿、申し訳ございませぬ。些か心配性のある忍でして」
かんらかんらと場違いに笑う幸昌。
そのしたたかさには思わず政宗も表情を歪める。似ているのは外面だけで、腹の中は誰に似たのか随分黒い。
「こそが真田忍者隊が長であります。猿飛佐助という忍は父の代の忍。某の管理化にはおりませぬでしたし、随分昔から姿を消しておりました。よもや、生きていたとは」
ああ、こんな顔をしておったのですか、と死体をまじまじと見つめる幸昌の言葉に小十郎は政宗へと視線を移す。
政宗は幸昌の傍へと控えたを盗み見た。
。
死の間際に、佐助が呼んだ名前のひとつだった。
「・・・お宅の忍でないってんなら、どこかの大名に雇われたかなんかだな。妙な疑いをかけて悪かった。謝るぜ」
「な、政宗様!」
「構いませぬ。天下が平定したとはいえ、やはり野心を持たないものがいるはずもありませぬから。どうぞお気をつけ下され」
「忠告痛み入るぜ」
穏やかに笑う幸昌の底の知れなさに、政宗は苦いものを噛み締め笑みを返す。
笑わない男だ。瞳だけが冷たい。嘘をつく瞳だけが、政宗を憎いと叫んでいた。
(青いねぇ)
もう二度と口を開くことのない佐助の首を見下ろせば、その表情が同意するよう苦笑しているように見えた。
「用件はこれだけだ。文も寄越さず突然邪魔して悪かった。長居は無用だし、さっさと帰らしてもらうぜ」
「伊達殿、しばし休まれていっては。奥州とはいえそう近くはありますまい」
「いや、片さなきゃならねえ用件はまだあるからな。っと、その首。どうすればいい」
政宗の問いかけに、幸昌は眉ひとつ動かさずに受け取りましょうと言ってのける。
「父に仕えていた忍です。弔いくらいは請け負いましょうぞ。忍に墓は要りますまいが、里に返すのが適当かと」
「そうか、では頼むぜ」
「畏まりました」
小さく頭を下げた幸昌を背に、政宗は颯爽と歩き出す。
後を追いかける小十郎は「よろしいので?」と問いかけてきたが、政宗は心配ない、と一蹴して用のない上田をさっさと後にしたのだった。
「幸昌様・・・」
「・・・なんだ?」
政宗たちが帰って、いったいどれくらいしただろう。
外は明るい夕暮れが広がり、番の鴉が空を舞う。本丸に座り込んだままの幸昌は、呆然とその姿を見納めていた。
「お辛いのでしょう。泣けば、いいじゃないですか」
「武士が簡単に泣いてはならぬ・・・それに、辛いのはお前も同じだろう」
友であり、部下であり、父であり、師であった。
ふたりの世界に君臨していた猿飛佐助という人間はあまりにも大きかった。
それなのに、今ではこんな小さい生首一つになってしまった。
「・・・幸昌様は、佐助様を恨みますか?」
「・・・いや、佐助は思うままに生きたのだ。誰が恨めるだろう」
忍は道具だといった男が、自らの意思で行ったのだ。それをとやかく言う権利は、自分たちにはない。
「幸昌様・・・」
「だが・・・置いていかれる者の辛さを知っているくせに・・・某らを置いて逝ったというのは・・・許せぬ」
つう、とやっと幸昌の頬に涙が伝う。
初めて会った頃は、子供の癇癪のように大声で泣き喚いていた姿が嘘みたいに、幸昌は静かに涙を流す。
はそっと幸昌の手を握りこみ、冷えた指先を包み込んだ。
「俺はまた・・・父を失った。またも独眼竜に奪われたのだ」
「幸昌様・・・」
「俺はまた孤独になるのだ。肉親はみんな居なくなった。俺は一人、真田に残される」
孤独とは、忍には慣れ親しんだ言葉だった。
親に捨てられたり、親が忍であれば早くから親元から離され忍術を学ぶ。
愛だの情だのとは無縁の生活。家族という絆はないに等しかった。
それでもは、幸昌に重ねた掌に力を込める。
震えているのは自分か幸昌か、解からなかった。
「・・・お主も、泣いておるぞ」
忍なのに、泣いてしまうなんていけない。これでは欠陥品だ。道具ではない。
そう思いながらも止められない。
ぎゅうと握り返された幸昌の手にじんわりと熱が篭る。
はゆっくりと幸昌と視線を絡め、出来るだけ穏やかに、笑みを作った。
「私もきっと悲しいのです。佐助様は、私の父のような方でもありました。私たちは、同じ親を失ったのでしょう」
「・・・」
「幸昌様は孤独ではありません。このめが、部下として、忍として・・・家族としてお傍にいます。だから、だから孤独だなんて、言わないでください」
お前は、幸昌様を守って死ね。
師の言葉が木霊する。
主を守って死ねなかった忍は、道具にも、人間にもなりきれない。
成れの果てがこの生首であるのならば、それはとても悲しい。その死には、何も残されない。いや、悲しみばかりが降り積もる。無意味な喪失に違いない。そんなのは、虚し過ぎる。
お前が幸昌様を守れ。
師の言葉が木霊する。
自分は何の為に生まれてきたのか。
この人の為に産まれ、そうして引き合わされたのか?
それでは仕組まれた運命だ。だがそれもい。それでもいい。
そう、自分はこの人の為に生まれた。
それでいいじゃないか。一道具には勿体無いほどの人生だ。
だから、この人を守って死のう。
置いていかれる者の気持ちをまた味あわせてしまうかもしれない。
それでも、自分はこの主を守って死のう。
は、強くそう思う。
強くて弱い、この主にすべてを捧げよう。それが、師の教えてくれた最高の幸せ。そして、自らが見つけた至高の定め。
「・・・・・・お前だけは、俺を置いていかぬな?」
「はい、もちろんです」
子供の眼をして縋る大人と、優しいの声音で嘘をつく道具。
酷い話だ。まるで喜劇だ。
「そうか。そうだな。それでこそ俺の忍だ。。お前こそが俺の忍だ」
だがこの人が笑ってくれるのならば、酷い嘘も平気で吐ける。
いつか幸昌がの嘘に気づいた時、彼は泣くだろうか。
はすっかり冷えた心でそう考えながら、立った一滴流れた涙に別れを乗せた。
さようなら、
父よ、師よ、我が友よ。
さようなら、さようなら。
あなたに成せなかった事を、私は成して死にゆくでしょう。
さようなら、どうか、安らかに
それだけでまたいつまでも
笑えるような気がしたんだ
笑えるような気がしたんだ