リクエスト『都内で超規則正しい健康生活する一人暮らしの政宗ください ちなみに朝の占いは信じない派で』 目覚まし時計は毎日7時にベルを鳴らす。 はずなのだが政宗はそれを聞いたことがない。 律儀な性格ゆえか、彼は毎朝目覚まし時計よりも先に目覚めては、ベルが鳴りそうな瞬間にスイッチを切る。 そうして長針が5分と進まないうちにベッドから抜け出し、寝室から出るのも毎朝のことだ。 カレンダーは赤。休日を示すそれを政宗は寝起きの眼で睨みつける。 今日の予定は特になし。大学の論文なども得にはない。 日めくりカレンダーを一枚破り、そのまま真下のゴミ箱に四度程半分に畳んで小さく捨てた。 ひと月分溜まってから捨てるのが彼のルールである。 政宗はカレンダーから興味を失うと、その足で風呂場に向かった。 綺麗に磨き上げられた洗面所の蛇口を軽くひねり冷水で顔を洗う。特にこれといったクレンジングをしないでも保たれている肌のきめ細かさは、女性も羨むそれである。 青い歯ブラシと明度の高い青のドットが散りばめられたグラスに水を注いで歯を磨く。 きっちり三分。脳内で秒刻みのカウントは淀みない。 口を濯いで歯ブラシを片付リビングに戻る。その間10分足らず。 予定通りだ。 続いて朝食を作るためにキッチンに足を向ける。 昨日の夕飯に卵を使い切ったので今日買いに行かなくては。 そう考えながら冷蔵庫の奥からトマトを引っ張り出す。 小十郎が送ってきたミニトマトだ。そろそろ消費してしまわないと傷んでしまう。 ちょうど生ハムもあることだしサラダをするべく、政宗は頭の奥からレシピを引き出し、必要なものをキッチンに並べた。 まずはルッコラをよく洗って水を切り、5センチ程度に切っておく。ミニトマトは4等分に。 生ハムは適当な大きさにちぎり、オリーブオイル、塩、黒胡椒、それとパルメザンチーズを適量小さく崩しながら混ぜ合わせる。仕上げにレモンを絞り皿に盛り付けた。 準備は上々。 次にバケットとクロワッサンをトースターに放り込む。 焼きたての感覚で表面をパリパリにするのが政宗の好みであり毎回のことだ。 そうしてパンが焼きあがるまでにカフェオレを淹れる。 朝からコーヒーでは胃が痛い。少し甘めのカフェオレを飲むことを、恐らく友人たちは知らないだろう。 端正で鋭さを垣間見せる政宗の表情や雰囲気は甘いものが似合わない。 コンロに水を入れたヤカンを乗せて、もう片方には小さな鍋で牛乳を温める。 ガスの詰を中火に合わせ政宗は一息ついた。IHも嫌いではないが、やはり料理は本物の火に限るというのが彼の信条であった。 朝食の支度にかかった時間は15分程度。 毎朝のスケジュールを正しくこなしている事に一人満足した政宗は、軽く鼻歌をハミングしながら玄関へと今朝の新聞を迎えに行く。あとはゆっくり朝食を摂りながら、新聞を読んで休日の予定を立てようと新聞を抱えてリビングに戻った政宗だった。が。 「うわぁー今日もいい匂い!」 「・・・なんっでいるんだよ!!」 思わず経済新聞をフローリングに叩きつける。スパァン!といい音がしてから滑るように今日の広告が散らばった。 「まぁまぁそう怒らないで」 へらりと笑ったに政宗が文句を捲し立てようとしたん瞬間、仲裁に入るようにトースターが焼き上がりを知らせる。はそそくさとキッチンに向かい、食器棚から皿を二枚取り出しパンの端をつまんで皿に乗せていった。 「毎度毎度お前はどこから侵入してんだ!」 「どこって、ベランダだよ?あちち」 「それ危ないからやめろっつってんだろ。何度言わせるつもりだテメェ・・・!」 皿をテーブルに運ぶと次は勝手知ったるなんとやらで冷蔵庫からイチゴジャムとオレンジジュースを取り出す。あまり色彩が鮮やかではないそれだが政宗のお手製だ。市販のものよりずっと美味しいことをは熟知している。 「じゃあ鍵かければいいじゃん」 「それでベランダから落ちそうになったバカはどこのどいつだ」 「なにそいつうける」 「お前だ!!」 頭を抱えたくなるほどのの能天気さに、政宗は若干ネジが締まるように期待を込めて丸めた新聞紙での頭を殴ってやった。少々力が入りすぎたかと一瞬ひやりとしたが「舌噛んだ!」と喚く元気があるなら大丈夫だろう。 はじめは一ヶ月に二度三度程度の訪問が、一週間に二度三度に変わり、最近はほとんど毎日繰り返されるようになった。 同じ大学で同じ学科でサークルまで同じ。挙げ句の果てには住んでいるマンションまで同じの上に、部屋はまさかの隣だなんて。そこまで知ってしまえばいっそ不気味な話だか、それよりも異常なほどの親近感の方が先に湧いてしまったのが運の尽き。 自炊能力ほぼゼロのは朝夕を政宗宅に忍び込み(前述の通りベランダから)、美味しくご馳走を頂くわけである。 ただタダ飯ぐらいという訳ではなく、食後の後片付けや材料の持ち込みなどするので政宗もあまり文句を言わなかった。 それに、ふたりで摂る食事はひとりのものよりなかなかいいものだったりする。 「政宗早く!」 先に席に着きグラスを求めるに、政宗は文句を飲み込み代わりにため息を吐き出してながらグラスを手に取る。 テーブルにはいつの間にかサラダが運ばれており、二人分のフォークとナイフも準備されていた。 変な所は要領がいいに呆れつつ、政宗は豆から挽いたコーヒーにゆっくりとお湯を注ぎ、出来上がったコーヒーに温まった牛乳をたっぷり混ぜ合わせる。 匂い立つコーヒーの香りと、それに混ざる牛乳の甘さにほっと一息自然に漏れた。 それからもう一度トースターにパンを入れる。温まったトースターなら焼き時間は半分ほどでいいだろう。 政宗は自分のマグとグラスを持ってテーブルに着くと、はオレンジジュースを注ぎながらあたりを見回していた。 「政宗、リモコンは?朝の占い始まるよ」 「俺は占いは信じない派だ」 「私は信じる派。はいスイッチオン」 家主の意向をバッサリ無視しては見つけたリモコンでテレビの電源を入れる。 チャンネルをいくつか回せば、一人暮らしには贅沢な35型の薄型テレビに映る女子アナがにこやかに今日の運勢は、と告げ始めた。 馬鹿馬鹿しい。 人間の運勢を星座になぞって縛ってしまうなんて。それでは世界の12等分された人類には12種類の運勢しか与えられないことになってしまう。非科学的だ。 政宗は心中でそう悪態をついてイチゴジャムをたっぷりとバケットに塗りつけた。 これもまた小十郎が送ってくれた苺だ。無農薬で、程よく甘酸っぱい。 「政宗、私にも頂戴」 「ほら」 「ありがと。私、政宗のジャム大好き。これ食べたらもう市販のは買えないね!」 クロワッサンから溢れる程ジャムを塗るは、恥ずかしげもなく大口を開けてパンに齧り付く。 指についたジャムを咥えて舐め取る姿は子供と同じだ。 おいしい、とはにかむのもいいが、もう少し貞淑に振舞って欲しいところである。 そう考えている間にトースターが二度目の焼き上がりを知らせ、政宗はもう一度キッチンに立った。 その間リビングから聞こえる占いでは、今日の運勢一位は獅子座。最下位は乙女座らしい。 「ご愁傷様」 「ホントだよ!パンも焦げてるし!」 「嫌なら食うな」 「食べる!」 少し温まりすぎていたらしいトースター。焦げているといってもほんの少し焼き色が強く付きすぎただけでパン自体は焦げていない。 は渡されたバケットにサラダを乗せて、またも大口でそれにかぶりつく。 「色気がねぇなぁ」 「色気より食い気だもん。政宗のご飯が美味しいのが悪い」 「oh,そりゃあ悪いな」 軽い悪態の応酬だが、作り手冥利に尽きる言葉だ。 料理が趣味なのは確かだが、だからといって人に披露する機会はあまりなかった。だからだろうか、些細な一言も嬉しいものだ。 ほんのり緩む口元を隠すために、政宗はマグカップを持ち上げる。 「今日のラッキーカラーは青。ラッキーアイテムはカプチーノ!」 「あ?」 「政宗が」 ちょうど飲もうとしていたのは残念ながらカフェオレだ。そしてマグは偶然にも青だった。 特に占いなど信じていないので、なんの感慨も沸かないがはいいなぁーと何度も溜息をつく。 しかしそれよりもカプチーノとカフェオレの区別もつかないのか。政宗からも漏れた溜息は、カフェオレに温められた優しいものだった。 「で、お前は?」 「ラッキーカラーは黄櫨染、ラッキーアイテムはエアーズロック・・・」 「・・・それは運勢変えさせる気ねーだろ」 信じていないものにすれば他愛もないことだか、信じているものにすればなかなかの打撃らしい。 この世の終わりのようにテーブルに突っ伏すに、政宗はやれやれといった風体で肩を落とした。 朝の占いが終わりを告げて、時刻は8時を指している。 食事を終えたら洗濯をして、軽く掃除をしよう。それから買い物に出て、ついでに映画でも借りてこようか。 「、一時間したら出かけるぞ」 「え?デート?」 「まぁそんなとこだな。映画でも借りに行こうぜ。エアーズロックが出るやつ。最悪の一日でも、運勢最高のやつの隣にいれば、まぁ、マシだろ」 はじめはきょとんと丸くなっていたの瞳が、ゆるやかに目尻を下げて喜色に染まる。 緩む頬を必死で引き締めようとするの赤らむ顔に、こっちが恥ずかしくなってしまい政宗は思わず顔を背けて視線を外した。 「・・・政宗大好き!!」 「生ハム飛ばすな」 の大音量の告白に政宗は鼻で笑って照れを隠す。 きっと、時間通り予定通りの休日にはなるまい。 それでも、まぁ、このバカみたいに底抜けの明るい笑顔に免じて、許してやることにしようと政宗は冷め切ってしまう前の甘やかなカフェオレを飲み干した。 あなたが好きで世界がまぶしい title by 金星 |