戦場に女がいるという事は、別段珍しいことでもない。
夫につき従い、将として戦場を踊る戦女も多く、このような混戦の最中には近くの村を襲い女を浚うこともしばしば。
よくあることであった。
この娘もそうしたうちの一人なのかと観察してみるが、それにしてはどうにもそぐわない。
手足は露わに曝け出され、奇怪な作りの衣に帯はない。草履とは似ても似つかぬ不可思議な履物を履き、髪は短く首にかかるほどしかなかった。
そのくせ肌は見る限り傷一つない。農民の娘ではないことは確かだ。
うつぶせに倒れる女の髪を掴み顔を上げさせる。痛みに呻く声のか細さ。瞼を閉じていたも尚、そのかんばせは春の花の様に美しかった。
俺は、その誰とも知れぬ娘を連れ帰ることにした。

***

場内最奥の一室で目を覚ました娘の名はと言うらしい。
こちらの問いには残らず素直に答える警戒心のなさ。嘘ひとつ吐いている様子もなく、あまりの世間の知らなさには驚いた。
もしも俺が拾っていなければ、今頃残党兵に襲われ犯され殺されていたことだろう。
俺は殿の知らぬうちに命の恩人になっていたようだなと言えば、殿は慌てて「ありがとうございます!」と頭を下げて何度も礼を言った。
なんとも愛い姿に笑みが零れる。

そして殿の名を知りすぐに佐助へあたり地方城主などの名を調べさせた。返ってきた報告はという名の家名は大小問わずどこにもないという事だった。
殿が何者で、どこから来たのか。
佐助でさえ一切の情報を掴めなかった。
殿の存在は誰も知らない。今の所、俺とその影しか知らぬのだった。

どこにも怪我はなく健康そのものだった殿はすぐに歩き回るほどの元気を見せたが、おそらく南蛮物だろう着物はそそるものがあるがあまりにも目に毒なので着物を贈った。
髪はまとめるには少し短いので、簪の代わりに髪結い紐を渡す。それから城下の甘い菓子、可愛らしい色とりどりの手鞠に御手玉。
殿は毎度嬉しそうに笑って礼を言い、物珍しげに瞳を輝かせてそれらを受け取る。
だがその瞳の光もだんだんと長くは続かなくなり、最後にはこういうのだ。

「家に帰りたい」

殿の言う名の村も地名もどこにもない。そして何よりでんわなどというからくりも俺はあずかり知らぬ。家族が心配すると泣く殿だが、ないものは与えてやれないのだからどうしようもない。
俺はすっかり困ってしまって、泣き暮れる殿を何とか慰めようとまたいくつもの贈り物をしてみるが、殿の涙を見ない日は少なかった。

殿、殿。俺も佐助もよく探した。手を尽くして探しもうした。だが殿の親も住んでいた地もどこにも見当たらぬのだ。泣かないでくれ、殿・・・」

ただただ悲しいと告げる涙の珠の丸み。
戦も血も、世の汚れなど一切知らぬ娘の涙に、俺はひどく欲情した。
いや、彼女を傷つけまいと知らぬ気付かぬふりをしていただけではないだろうか。
俺はあの瞬間から、欲しいと思っていたはずだ。
彼女を拾い、誰の目にも触れぬ最奥に閉じ込めた瞬間から、すべては定められた運命だったのではないだろうか。

「幸村さん・・・?」

押し黙る俺を前に、殿の声が不安げに揺れた。
陽はまだ高く、政務も幾許か残っている。だが天井裏から俺を止めようとする気配はやってこず、俺は思わず満ち足り笑みをひとつ作った。

「では、もうさみしくないように俺と殿で家族になりましょうぞ。俺は夫でそなたは妻だ。今日から俺たちは夫婦としよう」
「め、おと」

慣れぬらしい言葉を繰り返すの甘く膨らむ唇。
俺の妻。
なんて甘美な響きだろう。

「うむ、だから。お前が欲しい。お前を抱きたい」

化けの皮はたちまち剥がれ、俺は人の身をかなぐり捨てると大虎もかくやという勢いでをその場に組み敷いた。

「ゆっ、幸村さん!?」
「幸村で構わぬ。我が妻よ。俺達は夫婦なのだからな」
「いっ、やぁ・・・!!」

細い首にかみつけば、喉を食い破られる恐怖にか、の悲鳴は細く途切れた。
容易く手のひらに収まるの手首。ほんのわずかに力を込めただけで、の抵抗はやむなく収まった。
なんてか弱い、俺の妻。

「ど、どうして・・・」

はらはらと涙を流すの憂い顔。信頼を裏切られたと、和紙のように色を失くしたそのお顔を俺はさらに酷くしてやりたいと思う事を自覚した。

。俺はそなたに笑って欲しくて、いくつもの贈り物をしたな。そなたの笑う顔が好きだったからだ。だが俺は、同じくらいそなたの泣いた顔も好きらしい。痛いみに、苦しみに。怯えるそなたもいとおしい」

俺が与えた韓紅色の衣に手をかける。
はだける肩と、たおやかな乳房が露わになり、の悲鳴と怯えは一層強くなった。
首筋まで流れる涙を吸い取り、そのしゃくりあげる喉の震えに己の浅ましい欲望が熱く滾る。

、いとしい俺の妻。もっと俺だけの為に泣いてくれ」

悲しい色をした表情に、梅雨の雨粒のように涙がさんざめいて止まらない。
恐怖にだろう身動き一つとれない我が妻に、俺はどうしようもなく嬉しくなって甘く香る唇に噛みついてやった。







恋よりもっと不誠実


title by 月にユダ