オムニバス 20111028
眠る、の頬の輪郭を視線でなぞった。
触れれば知ることの出来る柔らかさ、暖かさ。溢れる寝息は眠りを誘う。
朝はまだ遠い。
「風邪引くぜ」
はだけた肩を布団で覆ってやる。
温もりにすりよるには猫のように身を丸めた。
「まさむね・・・」
寝息に混じる譫言に、政宗は返事の代わりに鼻頭にキスをした。
「Good night baby.」
↑ 早朝のベッドにて
すき、と伝えるのとは少し違うような。
海の蒼さや、夕暮れの色合い、風の道筋に、木々や草木の色。
それを言い表すことができないように、元親への気持ちは言葉にし難い。
音にすれば嘘の用で、正しい意味ではないような気がしてしまうのだ。
好き、愛してる、いとおしい。
どれも正解。どれもハズレ。
歯がゆい。
「どうしたぁ?」
元親の間の抜けた声。
人の苦労も知らないで。つんと顔を明後日に向ければ、元親の大きな手が私の顎を捕まえた。
正面に元親。
あっという間に唇を奪われる。
夏の太陽に似た笑顔。
ちゅ、と響いたリップ音。
言葉は続かない。ちゃんと唇から伝わったから。
↑ キスをする
鼻まで赤くしてマグカップをすする。甘い匂い。指先は赤く寒さを伝える。カップから上がる湯気に視界が滲んだ。
ソファの上で膝を丸め、はそっとココアを飲み下す。
窓には水滴がいくつも浮かび、しとどに降る雨が部屋の温度を下げた。
佐助は自分もマグカップを持っての隣に腰を下ろす。
クッションが沈み、傾くの体を抱き止め腕を回した。
マグカップの中身は溢れない。
は眠たげな目でテレビを見つめる。偉人の訃報を悼むように、雨は止まない。
は佐助の首筋に頭を預け、佐助はの頭に顎を預ける。
わずかな隙間を埋めるように、ふたりは言葉もなく日常の定位置に身を預け、頭に入らないニュースと雨垂れの音を聴いていた。
↑ 雨の日
つ、と内股を伝う赤に戦を知る。
腹の中で行われる儀式。月に一度の破壊と創造。
実をつけなかった赤が流れ落ちる痛みが全身に響いた。ぐらり
「手を」
そう声がして指先から囚われる。
奇しくも似て赤い男の手。
「幸村、おなかいたい」
「姫様も、大人のおなごになりもうしたか」
着物を足袋をと汚す血と、雄を匂わす男のかんばせ。
私はいつか、この人の種を植えられるのだろうか。
芽生えた甘い恐怖に、呼応するように腹が疼いた。
↑ 月経
私、片倉先生が好きだ。
みんなは怖いっていうけど、そんなことないよ。
真剣な表情で書類書く横顔も、優しい顔でプランターに水をやる横顔も、呆れた風に苦笑する横顔もぜんぶ素敵だよ。
みんなは知らないみたいだけど、片倉先生、すごく優しくて素敵なんだよ。
「、起きたのか?」
「うん、少し前から」
「体調はどうだ?」
「まだすこしだるい」
「そうか、もう少し寝ておけ」
ぽん、と頭を撫でる仕草。
好き
暖かくて、優しくて。大好き。
「片倉せんせ」
「ん?なんだ?」
「あの、あのね・・・私以外に、頭、ぽんってしちゃ嫌だなぁ」
ふっ、と口許が柔らかく緩む。片倉先生の優しい笑い方。
「可愛いな、」
やっぱりみんなには内緒。
片倉先生のかっこいい所も、優しい所も。私だけが知ってればいいもんね。
↑ 保険室の先生
「眠れない」
「知らん」
「三成」
「煩い」
「それが恋人に対する反応?」
「誰が誰のなんだと?」
「三成の阿呆」
「なっ!」
「馬鹿、意地悪、変な前髪」
「・・・!!」
「三成なんて、むぎゅ!」
「その煩い口を閉じろ。さもなくば」
「む、むむむむむ?(さ、さもなくば?)」
「窒息させてやる」
頬を摘まんでいた指が離れると同時に、噛みつくような勢いでキスされた。もちろん前歯が当たって痛かったのに、三成は本当に窒息させる気か離れない。
「ふ、む、つ、なっ、り」
「黙れ」
唇をねぶる三成の舌は細く赤い。まさしく蛇のようで、私は睨まれた蛙。
「大人しく付き合え、体を動かせば眠れるだろう」
「三成のヤリチン」
今度は血が出るほど噛みつかれた。
まぁ、窒息死よりましだろう。
↑ 危険な恋人
「あっつ!!」
「如何いたした殿?」
キッチンから飛んできた声に幸村が問えば、は水道水で指先を冷やしている所だった。
「ん、ちょっと火傷しちゃったみたい」
「なんと!!見せてくだされ!」
冷やしていた腕を取られ、赤く熱を持つ指先を幸村は迷うことなく口に運んだ。
「いっ・・・たぁい!!馬鹿!」
冷やしていた指先は口内で暖まっていた舌が触れてびりりと痺れるような痛みが走り、は指を引き抜くと同時に幸村の頬を叩いていた。
「痛いでござる!!」
「私のが痛いよ!なんで火傷なのに舐めるの!?」
「しかし、佐助が怪我は舐めておけば治ると・・・」
「火傷は冷やさなきゃ水ぶくれになっちゃうの!もうっ」
はため息をつきながら再び指先を水で冷やした。
犬の耳と尾を垂れ下げるようにして落ち込む幸村を見やり、どうか赤く熱を持つ耳を発見されませんように、とは内心で祈った。
↑ 素直になれないの
私はあの手が嫌いだ。あの拳が嫌いだ。あの声が嫌いだ。あの眼差しが嫌いだ。あの思想が嫌いだ。あの心根が嫌いだ。
ああ、あの男が嫌いだ。
嫌いだから死んでしまえばいいと願った。
あの男がいなくなれば、私の心も落ち着きを取り戻し、平穏と安寧のもとで正しく生きられる。
あの男の存在が私の心を掻き乱し、苛立たせる。
私は、私を見てくれないこの男が嫌いだった。
「、」
「喋らないでください気が散ります」
国境の小競り合いの最中、予想外に突きつけられた銃口の数。敵は倒しつつも手傷を負い、血を流し身動きひとつしないこの男を見た瞬間。息が詰まった。心臓が止まった。
「すまねぇ」
「煩いです黙ってください」
私に向けられる声はいつも悲しそうで寂しそうで申し訳なさそうで泣き出しそうで辛そうで痛そうで。
どうして、私には明るく、楽しそうに、幸せそうに笑いかけてくれないの。
こんなにも好きなのに、こんなにもあなたが嫌い。
「泣いてくれるな」
家康の弱々しい笑みに、は眉間に皺を寄せた。
↑ すれ違い
「捨ててもいいよ」
柔らかな声音の主に視線を返さず、は進める歩を止めない。
「重くなったら、捨ててもいいよ」
「捨てません」
「ふふ、意固地」
「佐助さん」
「ちゃん、捨てても構わないんだよ。重たくなったら、捨てたらいいよ」
ふふふ、ふふ、と溢れる笑みはしてりと濡れて心地が悪い。
らしからぬ姿にはきっと口許を引き結び、ずり落ちそうになる体をしっかりて担ぎ直した。
「捨てません。置いていったりしません。だから、一緒に帰りましょうよ」
ふふ、と笑い声。
「いい子だね。でもね、重くなったら、やっぱり捨ててね」
血がこびりつく口許は、ひゅうひゅうと乾いた呼吸と一緒に笑った。
↑重い思い想い おもい
居心地の悪い沈黙に、息さえもしてはならないような緊張感。
物音ひとつでもたてればひとたび首が飛んでしまいそう。
そんな緊迫感に包まれているせいで、喉はからからに乾いているし口の中は苦い粘液が広がっている。
非常に逃げ出したい。
私の対面には毛利会長が鎮座していて長い足を組んで本を読んでいる。
切れ目の目元に伏し目がちの瞼。睫毛は短い。
まさにどうしてこうなっただ。
毛利会長に用があると呼ばれ会長専用室と化した生徒会室に連れ込まれかれこれ15分ほどか。
パラリ、ページを捲る音に視線をあげる。
陶器のようにきめ細かく色の薄い毛利会長の肌はひどく女性めいて見えるが、ページをめくる指は節々が強く筋張っている。
とても男性的な手だった。
それからふとまた毛利会長に視線を戻すとばちり。
視線がぶつかってしまった。
私は何て言えばいいのかわからず、あっ、と間抜けに口を開いた瞬間、毛利会長は無関心に視線を窓の外に向けた。
いったいなんなのだろう。
帰りたいと泣き言が漏れそうになった瞬間、毛利会長の異変に気がついた。
(耳っ・・・真っ赤だ!)
じわじわと内側でマグマが沸騰する。
私はなにも言えず、立ち上がることもなく、スカートの裾をきつく握りしめていとおしさにうち震えるしかなかった。
↑ 照れ屋
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