「やばい・・・」


消え入りそうな声で一言呟いたは、校舎の壁に寄り掛かり座り込んだ。
今の今までなんの違和感も感じていなかったが、すっかり眠気も冴えればそれは否めない。

「やっばいよどおしよう・・・!」

せめてもの救いは体育がないことだ。
だが残り半日以上。
耐えられるだろうか?

?」
「ひぁ!?」

突然背後からかけられた声に驚いて飛び上がる。
急いで振り替えれば大きな目を不思議そうに丸くした幸村が立っていた。

「さ、真田くん」
「どうかしたのか?気分でも悪いのか?」

続いて心配そうに問いかけてくるのでは良心が痛みながらも何でもないと笑って誤魔化す。
幸村はの彼氏である。
平々凡々、人並みに埋もれるほど普通のに告白したのは幸村だった。
嬉しい両想いだが、照れから未だ名字呼びに幸村は急がなくてもいいと笑ってくれる。その優しさにはますます惚れてしまっているわけで。
そんな優しさ満点イケメン上等の選り取り見取のはずの幸村はを選びお付き合いをしているのだが、幸村の倍は純情なはまだ触れ合う程度のキスしかしたことがない。
だがしかし幸村を狙う女子が少ないはずがない。
周囲から早くヤらなきゃ幸村を盗られるなんて叱咤を受けるものだから、なんとか照れを克服しようとしてみるものの、やはり現実は上手く行かない。
幸村を見ただけで動機が早くなって顔が熱くなる。キスひとつで死にそうになるのだから、先は長すぎる。悲惨だ。
そんなこんなで手を出したい幸村に所謂おあづけを強いてしまっているは、幸村を困らせるなんて言語道断なのだ。
今日一日を乗りきればなんとかなる訳なので、は幸村から距離を取る為に後退した。

「どうした?」
「い、いや、あのね?なんでもないの!うん、なんでも!」

苦しい言い訳も浮かんで来なくて兎に角何でもないと笑うに幸村は眉を寄せた。
益々心配だと言う表情にの心は小さく傷んだ。

「なんでもないことはないだろう?某では頼りにならないのか?」
「ち、違くて、えと、その」

もそもそと言い澱む内に幸村が距離を詰め直す。
吐息がかかるほど近づかれてしまえば、は恥ずかしさからきゅっと瞼を閉ざした。


「さ、真田くん近いよぉ!」

普段はことある毎に破廉恥だなんて言うくせに、二人きりの時の幸村は本当に男になるからの心臓はいつ壊れるかわからない。
どきどきと煩い心臓を隠すように両腕を上げれば、肌の柔らかさには目を見開いた。

「本当にどうしたのだ?」
「あ、あの本当になんでもないの!心配しないで!ね?」

気付かれませんようにと祈りながら、幸村の手の届かない距離に移動しようとしれば、の腕はあっさり幸村の腕に捕まった。

「さて、なにを隠しておるのやら」
「だ!ダメダメ!真田くん!」

奥まった廊下に人気はなく、もうすぐ授業再開のチャイムが鳴る。
あと数分の攻防を凌げば逃げられるが、幸村の視線はの逃亡を許さなかった。
なによりは幸村に負い目を感じている。悲しそうな声で、と呼ばれてしまえばもう駄目だ。
惚れた弱味と言うやつか。相手は恋人だからと結論付けて、は観念したように逃げるのを止めた。

「わ、笑わない?」
「勿論だ」

真顔で神妙に頷く幸村は信用に足る。は羞恥を耐えながらぼそぼそと声を落とした。

「き、今日ね、寝惚けながら着替えたの。そ、そしたら」
「そしたら?」

幸村はわからないと首をかしげる。
はどうしよいもない羞恥で顔を真っ赤にしながらスカートの裾を握りしめた。

「そ、そしたらぁ」
「そしたら?」
「し、した、下着を、付け忘れてきちゃったのっ・・・!」

恥じらいから小さく震えるはもう幸村が見れない。

(絶対バカだと思われた!絶対変態だと思われた!絶対もう嫌われたぁ!)

ぐるぐると頭の中を駆け巡る悲惨な考えには涙が出そうになる。
暫くの沈黙の後、やっと口を開いた幸村は小さくに尋ねた。

「下もか?」
「上だけだよぉ!」

そこまでバカじゃないので反論すれば、空気を読んだかのようにチャイムが鳴り響く。
羞恥と恐怖から解放されるために、その場を立ち去ろうとしたなのだが、幸村の腕がそれを止めた。

「真田くん、授業に遅れるっ」
「構わぬ」
「わ、私は構うんだけどなぁ」

それでもやはり離してくれない幸村は教室ては逆方向に歩き出す。
こちらの奥は特別教室が多いので人気がない。寧ろと幸村以外の気配はない。
もしや別れ話を告げられるのかと泣きそうになるを空き教室に入れた幸村は後ろ手で戸口を閉じた。

「真田くん・・・?」

怒っているのか、呆れているのか、幸村の感情が読めないはますます泣きそうで、死刑宣告を待つ囚人の様な心持ちで幸村を見上げた。
幸村はと視線が合わさると、困ったように笑ってを手近な椅子に座らせた。

「一時間したら早退する。いいな?」
「で、でも、別に体調悪くないよ?」
「膨らみが・・・」
「何の?」

今度は幸村が少し頬を赤らめる。
は何のことだか分からず首をかしげれば、幸村が諦めたように吐息を吐いた。

「ベストでわからぬが、注視すれば胸の形がはっきりわかる。その、乳房が・・・」

ちぶさ、さて、なんのことかと考える間もなくはそれが乳首だと思い知る。
ベストの首もとから覗けばカッターシャツは肌色が透けるほど頼りない。
じわじわと熱が上ってきて、の顔色はまた朱に染まった。

「そ、うだね!今日は早退する!」
「そうしようぞ」

そうして幸村も隣の席の腰を下ろす。
別れ話ではなかった事に安堵したはほっと一息ついたが、授業終了まであと40分。
時計を見つめるそのの横顔を、幸村はじっと見ていた。


「なに?真田くん」

二人きりの教室で、声を潜めて囁き合う。授業をサボるなんてお互いほとんどしたことがない。サボリというイケナイ事が初体験のは弾む声音で幸村に問い返した。
普段通りのの笑みに、幸村は小さく声を忍ばせる。

「触らせて、くれぬか?」
「え!」

さすがにここでボケるではない。いつも天然と言われるが、一連のながれをぶっ壊すような優秀な脳細胞は持っていない。
思わず幸村を凝視すれば、幸村は相変わらずの真摯な瞳でを見ていた。

「う、ぅー」
「嫌か?」
「や、てゆうか、は、恥ずかしい、なぁ」
「駄目なのか?」
「だめ、てゆうかっ、そ、それは破廉恥なんじゃないの?」

赤くなりながら抗議するに幸村は何故だ?と問い返す。

「好いた者に触れたいと思うのはいけない事か?」
「いけなくは、ない、かなぁ?」
「ならよかろう?」

ずいと顔を近づけられれば幸村の丸く茶色い瞳にが映っている。
羞恥と混乱で赤く染まる頬。
幸村が強く芯のある声で最後の一声を囁いた。

、」

もしかしたら幸村はがその言葉に逆らえないのを知っているのかもしれない。
最後の抵抗心を奪われてしまえばには何の手段も残されず、ただ無言で小さく首を縦に振ることしかできなかった。。
安堵したような幸村の吐息が二人だけの教室に大きく響き、幸村の気配がいっそう近づく。
だって幸村が嫌いじゃない。むしろ好きであるし実際はもっと触れ合ってみたい。だがしかしもって生まれた照れ屋気質はどうにもならない。それを打破するための幸村の多少の強引さも二人には丁度いいということがわかっているのでも幸村を責められない。

きつく瞼を閉ざしたまま待てば、不意に胸元から伝わる感触。
指の先が滑り、手の平全体がの胸を覆う。ベスト越しに浸透する熱に、の心音は今にも壊れそうなほどにうるさく波打った。
ほんの二、三秒幸村の手の平はの胸を包み、そうして遠慮がちにその胸をやわく揉んだ。

「ひ、や!」
「柔らかいな」
「さ、なだ、く」

ふにふにと幸村の両手がの胸を優しくいじめる。
ブラがないぶんダイレクトにお互いに伝わる感触にの顔色は耳まで赤く染まり、羞恥に震えながら耐えるに幸村はごくりとひとつ生唾を飲み込んだ。

「は、ずかし、い、よぉ」
「何故?俺しかいない」
「で、でも」

胸を覆う熱。直じゃないからこそ逆に意識してしまう感触。心臓の鼓動は確実に伝わってしまっているほどうるさい心臓。あまりに激しすぎる心臓の鼓動に、このままでは死んでしまうんじゃないだろうかとは心配になった。

、すきだ」
「真田くんっ・・・」

耳元で囁かれてしまえばいわゆる腰砕けで、はきゅうと身を硬くして震えた。

「わたし、も」

最後に吐き出した音に、幸村の瞳が大きく見開き、そうして優しく蕩けた。
緩やかにの胸を開放し、気が済んだのかと問おうとしたの唇に人差し指を押し付ける。

「早退したら、某の部屋に来てくれぬか?」

その意味がわからない程だって子供じゃない。
熱が引ききらない頬にさらに集まる血の巡り。
顔を真っ赤にしたまま硬直したの鼻先に軽く口付け、幸村は甘く微笑んだ。

「まぁ、嫌とは言わせぬがな」

そうして答えを言わせぬように、幸村は触れるだけの口づけでから言葉を奪うのだった。






君を頂戴?